マイノリティのすすめ

『ラッセルのパラドックス』をONE PIECEで考えてみた

『ラッセルのパラドックス』をONE PIECEで考えてみた
マイノリティゆき

今日は「突然頭が鋭くなる42の思考実験」でとりあげられていた“ラッセルのパラドックス”について考えています!本の紹介というよりも、理解をしたかったので考えをまとめました。

ラッセルのパラドックス

“パラドックス”の意味と例

パラドックスには主に2つの意味があります。1つ目は、論理学用語として「正当な考え方で推論を深めていくと、一般的な結論と逆の答えが導かれ、ものの道理があわなくなる」ことです。(マイナビニュース より引用)

意味を見ただけでは少し理解が難しいのでパラドックスの例を紹介します。

パラドックスの例『盾と矛』

『盾と矛』

楚という国に、矛と盾を売るものがいました。売り物の盾を褒めて「この盾はとても堅いので、貫くことができるものはありません。」と言いました。そしてまた、売り物の矛も褒めて「この矛は鋭くて、貫けないものはありません。」と言いました。

それを聞いたある人が言いました。「では、その矛でその盾をついたら、どうなるのですか?」矛と盾を売っていた人は答えられませんでした。

https://biz.trans-suite.jp/18777

これは有名な”矛盾”の語源になった話ですね。
何でも貫くできる矛と何でも守れる盾の両方で付いたときに、それぞれ定義と逆の結果が想定されて論理が破綻してしまします。

パラドックスの例『抜き打ちテスト』

『抜き打ちテスト』

ある週の月曜日の朝、先生はこう言いました。「今週、抜き打ちテストをするぞ」それを聞いた生徒たちは、こう考えました。

もし、木曜日までにテストが行われなければ、金曜日にテストがあると分かってしまうので金曜日に『抜き打ちテスト』はできない。

金曜日に『抜き打ちテスト』ができないということは、水曜日までにテストが行われなければ木曜日にテストがあると分かってしまうので木曜日も『抜き打ちテスト』はできない。

木曜日も『抜き打ちテスト』ができないということは、火曜日までにテストが行われなければ水曜日にテストがあると分かってしまうので水曜日も『抜き打ちテスト』はできない。

水曜日も『抜き打ちテスト』ができないということは、月曜日までにテストが行われなければ火曜日にテストがあると分かってしまうので火曜日も『抜き打ちテスト』はできない。

ということは月曜日にテストがあると分かってしまうので月曜日も『抜き打ちテスト』はできない。

「つまり、抜き打ちテストは出来ないんだ!」と気づいた生徒たちは、テスト勉強をせずに金曜日までを過ごしました。

https://atarimae.biz/archives/7971

抜き打ちは予想できるため、抜き打ちテストにならない。
つまり、抜き打ちテストは論理的に実施することができないからテスト勉強をしなくていいというものですね。

ですが、この話には以下のオチがあります。

「つまり、抜き打ちテストは出来ないんだ!」と気づいた生徒たちは、テスト勉強をせずに金曜日までを過ごしました。

すると、なんと金曜日に抜き打ちテストが実施されたのです。

「おかしい!」と怒り出す生徒たちを前に、先生はこう言います。

「でも、今日テストがあるとは予想できなかっただろ?」

https://atarimae.biz/archives/7971

この他にも『シュレディンガーの猫』や『アキレスと亀』など、様々な思考を巡らせる必要のあるパラドックスが存在します。

ラッセルのパラドックスとは?

そんなパラドックスの中で『床屋のパラドックス』という有名なものがある。

床屋のパラドックス

以下のような床屋がいる:
自分でひげをそらない人全員のひげをそる。
自分でひげをそる人のひげはそらない。
このとき床屋自身のひげは自分でそるのか?

https://manabitimes.jp/math/935

これは『ラッセルのパラドックス』に分類されるパラドックスであり、ラッセルのパラドックスは「自分を要素として含まない集合の集合」は自分自身を要素として含むかどうか決定できないというものです。

マイノリティゆき

これだけ聞いてもわからないので、私なりにONE PIECEを使いながら考えてみました。解釈が間違ってたらすみません…

ラッセルのパラドックスをONE PIECEで考えてみた

まずは最初の定義を。
ONE PIECEの主人公ルフィが率いる海賊団”麦わらの一味”を定義します。
一味は、麦わらの一味の仲間が2人以上いる集まりです。


そのため、麦わらの一味が10人や3人いる場合は”麦わらの一味”と呼ぶことができますが、
ジンベエ1人だけだと”麦わらの一味”とは呼ぶことができません。


つまり、『ジンベエ1人のみは麦わらの一味に含まない(ジンベエ∉麦わらの一味)』と考えることができ、これを“麦わらの一味”の前提条件とします。

ここで世の中の一味を考えてみます。
麦わらの一味を基準に考えると、「麦わらの一味の仲間が”いる”一味」と「麦わらの一味の仲間が”いない”一味」の2つに分けることができます。


この「”いる”一味」と「「”いない”一味」の表現を変えると、
「”いる”一味」は「麦わらの一味 ∈ 麦わらの一味」
「”いない”一味」は「麦わらの一味 ∉ 麦わらの一味」で表せます。


ここで「麦わらの一味 ∈ 麦わらの一味」に矛盾が発生します。

最初に定義した
麦わらの一味は「ジンベエ ∉ 麦わらの一味」としましたが、
ご存知の通り、麦わらの一味にはジンベエは含まれているため、ジンベエが含まれていないことが矛盾となります。


さらに「麦わらの一味 ∉ 麦わらの一味」にも矛盾が発生します。

「麦わらの一味 ∉ 麦わらの一味」では、最初の定義が「ジンベエ ∈ 麦わらの一味」に変わります。
ですが、ここでも麦わらの一味が”いない”一味にジンベエが含まれることになります。


整理すると、
麦わらの一味で「ジンベエ∉麦わらの一味」で定義したとき、
「麦わらの一味 ∈ 麦わらの一味」のとき、ジンベエが麦わらの一味に含まれていないので矛盾。
「麦わらの一味 ∉ 麦わらの一味」のとき、麦わらの一味が含まれない一味にジンベエが含まれるので矛盾。

つまり、ジンベエを含まない”麦わらの一味”を考えると、矛盾が生じます。
これは「自分自身を要素としてもたない集合」ここでは「ジンベエという麦わらの一味の要素をもたない麦わらの一味」は矛盾が生じるので存在しないということです。

終わりに

マイノリティゆき

「突然頭が鋭くなる42の思考実験」で書かれていた”ラッセルのパラドックス”をONE PIECEを使って考えてみました。
この例えが合っているのか不安はあるので、参考サイトを以下にいくつか紹介しておきます!

もし間違ってたら優しく教えてもらえると嬉しいです…

それではまた

アクティブなインドア
マイノリティゆき
日常の悩みや疑問を本から得たマイノリティな知識・情報で解決するブログです!本を月2冊以上読めば、誰もがマイノリティ思考を手に入れることができます。このブログを通じて本を読んでもらえる方が増えることが目標です。
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